アイドルやるまで死ねないと思ってた

宇南山澄佳

Unayama Sumika

早川研究室

映画ドキュメンタリー

元地方アイドルのセルフドキュメンタリー

本作は、地方アイドルとして活動していた私自身が、
「アイドルを辞めたあと」を撮り続けたセルフドキュメンタリーである。

かつての私は、
「若さは有限」「今を逃したらもう二度とできない」
そう思い込み、アイドルという存在にしがみついていた。
夢だったはずの場所で、努力の意味も見失い、
それでも“終わり”を選ぶ勇気が持てなかった。

不本意で、慌ただしく、感情を整理しきれないまま迎えた脱退。
その記憶はトラウマのように心に残り、
過去の映像を見ることすら長い間できなかった。

卒業制作という期限の中で、
私は再びカメラを持ち、自分自身と向き合うことになった。
〈見られるための私〉と〈自分が見る私〉
その分裂を抱えたまま、
「終わったあとに、私は何を失い、何を得たのか」を記録している。

これは、アイドルの成功譚でも、告発でもない。
ひとりの元アイドルが、自分の人生を引き受け直すまでの記録である。

制作を始めた当初、
正直に言えば、私はこの作品から逃げ続けていた。
過去の映像を見るたびに、感情がフラッシュバックし、
手が止まり、編集が進まなかった。

でも、制作が止まっていた理由そのものが、
この作品の核だったのだと思う。

アイドルを辞めた今、
私は「幸せだ」と言える。
それはアイドルだった過去を否定したからではなく、
ようやく自分の人生を、自分のものとして選べているからだ。

この作品を通して、
アイドルという存在を、
「夢」や「職業」ではなく、
ひとつの“生き方”として捉え直すことができた。
この作品は、
技術的に完璧なドキュメンタリーではないかもしれません。
でも、自分にしか撮れないものを、
自分の責任で最後まで撮り切ったという実感があります。

もし後輩たちが、
「こんなに個人的でいいのかな」と迷うことがあったら、
私ははっきり言いたいです。
それが一番、作品になる瞬間だと思います。

教員の皆さまには、
荒削りな段階から見守り、
制作を続ける場を与えてくださったことに感謝しています。
この作品は、その時間と環境がなければ完成しませんでした。

観てくださった方それぞれが、
「自分は何を終えて、何を選んできたのか」
そんなことを少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。