吐いて、吸って、溜め込んで

中村真梧

nakamura shingo

工藤研究室

インスタレーション

記録のあり方

衝動や義務、評価に応じて撮り続けてきた写真は、次第に私にとって逃避の対象となっていた。自身の世界をさらけ出すことへの嫌悪、確かなものを持っているかのように振る舞う姿勢に、違和感を抱くようにもなった。どんなに蓋をしても、それは自分の残してきた記録。向き合う現実と、歩んできた自身のずれを見つめ、私は掃除機に写真を閉じ込めた。掃除機が空間を整理するように、選別し、取り込む。記録は失われるのではなく、もう一度居場所を与えられていく。

背負いすぎると体を壊します。自分の嫌な一面をもう一度突きつけられた気がしました。だけど、それほどに夢中になりました。写真が一番簡単で難しいです。